KOHEI TAKAHASHI

STATEMENT

近作についてのこと

未来をより良きものにしたいという希望が私にはある。私だけではない。人類の多くはこの希望と理想をもとに発展を遂げてきた。しかしこの希望と理想は欲望となり幾度か自らの足下をすくって来た。人は同じ過ちを繰返しがちである。絶望と希望を自らの意志で繰り返しているかの如く。

撮影やインタビュー、ルポルタージュによって、過去に実際に起こったこと、現存する場所、人物等をドキュメントする。そしてそれを編集し空間を構成する。私の近作はこの過程を経る。ここで云うドキュメントは真実を映すものではなく、ある現実を捉えたものである。ここで云う編集は都合のいい物語を作り出す為の方法ではなく、優れた俳句や詩のように自らの経験と思考を凝縮する方法である。同時に何を経験出来なかったか、何に気付くことが出来なかったかについて、明らかにする方法である。私の目が向く対象は、私にとってすぐさま解釈出来ない出来事、場、人物である。それは相容れないはずの複数の異なる価値が相克されている存在である。それは愛憎混じり合う感情を、受容と拒絶を引き起こさせる存在である。それは起こりえたかもしれない過去、起こりえるかもしれない未来を想像させる様相を表した存在である。

実際に起こり得たかもしれない、存在し得たかもしれない現在について想像する。或は存在しなかったかもしれない現実について想像する。私の制作はそのためにあり、現在地点の理解と、未来を想像のためにある。

未来をより良きものにしたいという欲望から逃れられないこと。発展的な欲望が自らの足下をすくって来た事実を忘れないこと。そのうえで理想を語ること、反省することが如何なる可能性を持つことかを考えること。それを実践すること。

2014年 8月19日